2005年12月06日
報告することありのままに
1行もとはいってないが
「かけてません」何とか12月中までにとメールをした。
怖くて会えない・・・
学部の学生5名を抱えているので
きっと大変だろうから
後回しかナーーー とおもい
心おきなく?
修論準備
今頃文献整理している私って(笑)
ていうか
最初の文献以降ちょくちょく貯めた文献を整理していなかったから
たまっているのだ・・・やばい やばい
ということで
今日もまた
寝る時間がやってきた
あーーーー やばい
投稿者 HARURU : 20:49 | コメント (2) | トラックバック
2005年12月03日
無知との遭遇
このタイトル、友人が送ってくれたメールから拝借
ある課題をやっていて
それが日本独自で浸透している。
先生が提示してくれたレビュー原稿は
その道の権威が日本でのレビューをしたものだった。
というかほとんどが自分の文献レビューで
何それ?ってかんじであった。
読んでいるうちにおごりと傲慢かとも思えて
むかむかしてきた
海外で検索をかけると
最初にその方法を提唱した人が死んでしまって
ブームが過ぎたらしい
その後日本以外での流行はあまり無いという
日本の文化背景とを加味して世界に広げようと
言う気はないのか?
あるいは世界で認められないことを
30年もやっていて進歩あるのか?
それで ○○の社会は良くなったか・・・
良くなっていないから、結果論で言えば
×
過程は 頑張ったね
で終わってしまう。。。。
無知と遭遇したのは久しぶりに
まして自分の看護と違う学問界で遭遇したのは
初めてだったのでびっくりした
でも検索の仕方まずった?と思ってしまう・・・
投稿者 HARURU : 08:52 | コメント (0) | トラックバック
2005年11月29日
臨床との狭間で2
「何年いていただけますか?」
某大学病院のお返事
もちろん自分がいた病院ではない
CNS予備軍としての雇用になるの
「将来は 教授でしょ?」
そうかーー 博士課程に進むと
確かに
「教授」の2文字はちらつく
まして、臨床経験があって
CNSとれそうで
博士まで行っているひと
同じ分野で
日本で何人いるんだろう?
論文指導が出来るとなると
また、少ない
特に、量的研究が出来なくて
質的研究が出来るわけがないから
ステップ踏んでる人間は
そんなに多くない
大学院卒自体が
10%以下
博士課程を持っている大学
36校
そのうちクリティカルケアがある学校は
いくつだろうか?
噂によると
医学系だと
明らかに ブラインドライターがいるらしい
特に海外雑誌 投稿2個
とかになると
英語がたけていないといけないのわかるけど
それで本当に臨床に良くなるわけがない
「これで発表は2個は出来る」と言われている時点で
日本の現状だが
研究のどの本にも
一個の論文を切り売りすることは
倫理に反するとかいてあるのに
臨床経験より大切な 教育って何?
現場で働く人間が使えない論文書いて
何の役に立つの?
現場は流動的
研究は段階的
ギャップを感じると共に
プチ研究者としての自分て何だろうと思ってしまう。
入学手続に行ったとき
どんな順番かわからなかったので
前で聞こうとしたら
「順番です!」と
言われた。
修士の学生に・・・・
患者にもそういうのか?あんた・・・
学位とれても人としてありたいナーーと思う
投稿者 HARURU : 18:57 | コメント (0) | トラックバック
2005年11月28日
臨床との狭間で
静岡での講義を終え帰宅。
講義を終わって反省会を終えた頃より
心臓神経症・・・・ 不自然な動悸が始まる。
わかっているが
最近過度の緊張と共に不眠が重なると
動けなくなる自分を感じる
おまけに今日は、資料の内容が
自分が臨床をしていないという
現実から非常にかけ離れてはいないのだけど
そういう意味での講義が
やはり(>_<)だ・・・・
臨床あっての実践だからだ
だから臨床経験がドンドン薄れていくことは
非常にさびしいものである
自分の中では十分な内容を言ったつもりだけど
不完全燃焼した。
よって帰ってきてからの興奮が止まらなくて
帰りの電車も多弁で
自宅に帰ってきてからは
意味もなく涙が流出
うつ性神経症
思いきり外的要因だから
環境を変えることで好転することはわかっているだけに
つらい
早く名古屋へ出たい。
でも仕事もあるしなーーー
桜山周辺の家を探すか
投稿者 HARURU : 13:59 | コメント (0) | トラックバック
2005年11月25日
不機嫌なジーン
再放送で夕方やっているドラマ
はじめみました。
思ったこと
あーーーーーー 貧乏な研究者 わかるぅぅぅっぅ
みょうにびんぼったらしい その格好
わかるぅぅぅぅ
やたらと白衣
わかるぅぅぅぅ
「年間学費が150万かかるし
もう親には頼めないし。。。。」(せりふ)
わかるぅぅぅぅぅ
貧ぼったらしさが すごく共感できる
やたらと変な教授
わかるぅぅっぅう
博士進学
これからも続く
貧乏は続くよどこまでも・・・・(笑)
助手枠を探せ!
応募するぞぉぉぉ
投稿者 HARURU : 20:59 | コメント (0) | トラックバック
2005年11月01日
祝合格!
博士課程合格した。
うーーーん 入学金を集めないとな やばい
投稿者 HARURU : 19:17 | コメント (2) | トラックバック
2005年10月27日
そして激貧の一途をたどるか?
いろいろあって 漸く気持ちが復活したこともあり
また激動の2週間近くを過ごした
まず、
何故か博士課程を進学することになり
急遽締め切りわずかで
願書取り寄せ
そして1日で 志望動機、願書、修士論文要旨を書いて送った。
事前相談には結局受験1週間前に教授に訪問
他の教授に見せるためにまとめた資料を持っていったのがよかった。
「スライドに出来るわね。」と言われた。
「午後の面接は、プレゼンテーションしてもらうから」
言われたのが6日前
残り3日は前日までバイトが目一杯ある。
予備校で
「実は明日、私は試験なんだよねーー。」と
「えーーー先生こんなところで話してていいの?」
「だって、仕事だもん仕方ないでしょ。」
出来てもない修士論文をまとめパワーポイントで作ること
3日間
発表原稿は1日で作り上げた。
すんげーひどいことに。
スライドデザインをかっこいいのをダウンロードして
とアニメーションGIFをつくって
細工することにした。
(結果は意味無かった)
英語と専門科目
専門科目は無視した。
国家試験対策講師として
福祉施策以外はたいてい答えれれる自身はある。
問題は英語だ
個々の大学、修士の時は
ドリーちゃん(クローンの羊)がテーマだった
もちろんものの見事 訳せず、落ちた。
目をかけていただいている がんの助教授が
「千葉大は 文を読ませて訳を書かせられたわよ。
大丈夫よ。」
と言われたが
私の語学力は怪しい。
それでもって、最近英語はやってない。
実習のせいで英語のレッスンにも通ってない。
強いて言えば、かよちゃんの英語レッスンをみてやるぐらい。
がこれがこうをなした・・・
テーマは
「認知症と高齢者」
一文目は
わおぉ?と思うくらい自分には簡単で
鼻歌交じりに解いていた。
書き出しが
「私が若いときこんな日が来るとは夢にも思わなかった。たった指一本押しただけで、72通ものメールが一斉に削除されるなんて!」というぶんしょうだった。」
思わず うんうんとうなずく書き出しだったので
笑ってしまった。
2文目も
3文目もそれなりに訳せられた
4つ目の問題は
主題をとう問題
すなわち バックステップという方法についてどんなことか?とのことだった
でこんなんかなーーと言うかんじでかいた。
非常に良くできた問題で
3問がきちんと訳せられれば
4問目は導き出されるようになっていた。
読むのは速読で15分事足りなかった。
文章がイメージできたので非常にわかりやすかったのだと思う。
2年である程度は上達のしたのか?
実習が終わってバタバタしているときに
父親から
ご機嫌いかがと
催促のような、メールがやってきた
ここらであっといてやらんといかんかと思って
名古屋で仕事した帰りに
父親に連絡した。
父親に会うまでに2時間も時間が余っていた。
従って、高島屋の三省堂で
英語の本を読むことにした。
東大生が読む教科書とか言って
うたってあった2冊
なーんだ、東大生だって大した英文読んでないやん。
と思った。
所々知らない単語はあるが
とばし読みできる。
父親とのメールもこうをなしたか?
話は戻るが
とにかく いつになく英語は出来て
これがすこぶる気分を良くした。
専門科目のテストは
「生態侵襲と内分泌反応」だったっけ?
良く憶えてないが
5つのキーワードを交えて書きなさいだった。
所々思い出せないところはあったが
ほぼかけた。
キーワードの内容は説明できているはずなので
これも丸だろう。
実はライバルがいるのよ
ともう一人受験。
「××先生が二人は取らないって言ってみえたの」
とライバルがいう。
私はそんなこと聞いてなかった。
試験中 気になったので何となく
隣の雰囲気をみると
文章は半分にも満たないようであった。
前回、某公立病院の試験の
「発熱の機序と発熱時の看護」と同じ雰囲気だった。
小論文は以前に比べてめちゃくちゃ早く書けるようになっていたのと
英語が少し読めるようになったら、日本語も
かなり正しくかけるようになった。
家に帰ってからテーマをみると
所々間違って記載していたが
概要はかけていたのでまーー良いだろう。
専門8割
英語も8割
問題はプレゼンだった。
最悪だった。。。
質問に答えているけどめちゃくちゃだった。
今思えば
ストレスには白血球が動くことが証明されたので
特殊なサイトカインを測定しなくても
いち早く発見できる
そのスピードもかなり速いのだが・・・
そういった意味で
こたえられないといけないのだが
文献らしい文献も持たず
発表原稿だけを持って
いった、教授以外にはこっぴどくやられた。
おかげで本番の修論の際には
言いアドバイスをいただけたのでよかった。
「学会で発表しましたか?」と聞かれたのには
腑に落ちなかった。
何故そんな質問するのだろう?
「まだです。データ整理中ですし。」
一体全体難だったんだろう?
発表するに値する内容だったのだろうか?
よくわからないがうかるといいなーー
ていうか受かったら 入学金稼がなくてはいけない。
自転車操業状態。
某医科大学の助手締め切り
応募した。
その後、発覚したこと
「なんで講師で応募しなかったの?」
「ふーちゃんが教えに行ってたわよ」
がーーんがーーん
講師で合格したら 破格の給料
私大だし、
14日締め切りで
面接日程の返事が18日に来た。 早すぎ・・・・
これって早く欲しいって事?
どちらにしても結果は31日だし、
その次が面接。進学しながら行かせてくれないかナーー
と思おうところである。
そうこういっているうちに
某公立病院の試験発表
やっぱりというか当然ながら合格していた。
試験できてるから合格するのは当たり前だけど・・・
公務員試験って ホント成績順だな
面接なんて形だけだもんと思った。
とりあえず食いっぱぐれることはなさそう
後は吉報を待つばかり・・・・
うかってるかなーー?
合格基準が英語が高いとうれしいけど
でも最後がねーー 配点おおきだろうしなーー
早く論文書いて
翻訳とかして 原稿料稼ぎたいな・・・
投稿者 HARURU : 00:22 | コメント (0) | トラックバック
2005年09月03日
「知」が開けるとき
私の学習哲学は
己の無知を知ることは、知を得ることである。
人間は 目的のない行動はしない
一定の法則性を導き出すことが文明を伝えることになる
法則は応用のための一歩であり基礎となる
基礎以外は何もいらない
物事には道理があり、真贋を見極めることだ
そして、忘れていた記憶がよみがえってくる
父親はホントに賢い人だったし、今も十分賢い
未来を読める直感を持っている
同じようなinspiration を持っている
だから遺伝子が共鳴しあっているのかもしれないけど
よみがえる記憶の中で
「よく考えること」がKey ward のようだ
父は海外赴任が多く
短いときで1ヶ月 長くても半年は不在だった。
だから家にいるときは
ものすごく可愛がってくれた。
彼が私に言い聞かせ続けたことは
言葉自体は忘れているが
「よく考えること」
思い出したいことが思い出せない
実は、修論はほぼもう終わっている。
概念枠組みができあがっている時点で見えている
研究デザインがきちんとしている場合失敗しない。
私は、焦っていた、しかし、自分のペースで
倫理審査期間中
あいた時間を 基礎研究として費やした。
物質の違いによる
発熱源の比較
温度平衡維持への挑戦
ヒーター温度の確認を一分ごとに
計測すること50分
リネンの違い
置き場所の違い
それからは
温度平衡を保つ上で
電流電圧抵抗との戦い
ライトコントローラー
そして、自分での実験
審査後 健常者への応用
そして 漸く今回、患者への応用になっている
基礎ステップを全て終えている
そして今、
研究概念枠組みと
デザインの重要性がわかった。
量的研究が出来なければ、質的研究は出来ない。
だから、修士で出来る内容では質は無理
と言いながら、質をやらせようとする事は
おかしいと思った。
出来るだけシンプルな研究をしようと思った。
誰にでもわかる内容
○○したら ××になる
基礎を踏もう
量を勉強してから 質を勉強することにしよう
そして おととい サポートしている教授から
もうこれだけで 修論は終わっている
と言われたことが
わからなかった。
サポートの教授に会うためには
「目的・相談内容を明確にする」
「自分での解決策を用意する」
「従って、方向性の確認と未然のミスを防ぐための内容」となる
30分以下で大体終わる。
事前にアポだけ取っておく場合と
内容を明確にしておくことは必要だ
メールに内容まで書けると尚ぐっと。
でも、今回は教授が言ってくれた3つの言葉が
何故そうなるのかがわからない
一つはその方法をとっても採らなくても同じだと言うこと
もう一つは、修論に出せるよ、もう終わっている
が 理解できなかった
「よく考えること」
一つの言葉から3つ膨らます
そのために本を買い やっと意味がわかった
デザインの点で迷っていたところが
迷うことすらおかしいのだと
概念枠組みが出来ていればデザイン→統計は決まる
そして 終わっていると実感した。
院生の友人たちとディスカッションする
これは
大事なことなのだ
このディスカッションは、自分の考え方を明確にし
修正する上で大切な方法だった。
私はそのときに、友人に的確なアドバイスをもたらすことが出来た
これは
つい3週間前の私では出来なかったことだ
しかし、父と再会し
毎日メールをし
過去の振り返り作業と考え方のトレーニングとなることを
毎日繰り返すことで
自分の考えを瞬時に整理できる
能力を培うことが出来た。
従って「知」が大きく開けてきたことになる
父と再会することで 未来が開ける予感がしたのは
これだったのかもしれない
父が再三、「僕の考え方は気と役に立つよ」
肯定も否定もせず
彼とディベートするような事をしてきたのだ
そして
優しさは「知」でもあると思えるようになった
ちょっと フィロソチック
未来が開く予感がする
そういうときこそ
注意しよう
ゆっくりと慌てずに
今は我慢と成長の時
静かに待つとき
時が来たら 花開くとき・・・
投稿者 HARURU : 20:01 | コメント (0) | トラックバック
2005年07月24日
CNS 専門看護師制度
私の大学 がん看護の専門看護師コースを持っている。
専門看護師は現在100名を超えたところ・・・
私の領域 3名しかいない
うちの大学、CNSの基礎科目も認可されているので
私も 足りない単位を CNSを持っている学校に行けばなれる・・
残り多分2単位である。
就職試験に行って来た
一応看護学校に行きたい旨いってみた
他にも施設があるし、夜勤もやってもらわなくてはならないかもしれない
と人事の人はおきまりのことをいった。
おいおい、修士卒採用って 初めてでしょ?あんた・・・
看護系試験官
「CNSはとれるの?」
「一応あと2単位取ればですが・・」
「臨床には戻らないの? 」
「いえ、そういうわけでは、」
「もったいないわね。臨床だとしたらどこが良いの?」
やっぱりCNSは数少ないし売りだろうけど
あんたの病院誰もいないじゃん
その制度作れるのぉ?と聞いてしまいたくなったが
言葉を飲んだ
んーーー面接で落ちたかも
筆記はほぼパーフェクトかも
でも職歴転々がいたいよね。
だからこそ 高学歴になって許されるところもあるけどね
「職場を転々としていることをどう思われますか?」
「結婚して、子供を作ろうと思っていたので
パートをしていました。その後子どもが出来なかったので常勤についてのですが。
落ち着きがないと思われるかもしれませんが、
私としては、様々なところで働くことを経験として活かしてきたつもりですし
新しい環境に適応できるだけの努力はしてきたつもりですし、どこが(>_<)だと言う病院でなく
それぞれの良い点を学べ良い経験になったと思います。。。
と答えたのだけど蛇足かナーー
やっぱり単位交換考えたほうがよいかなーーー
投稿者 HARURU : 23:58 | コメント (0) | トラックバック
最悪な パイロットスタディィ
ひどい目にありました。
「アメリカではね、最終的に主治医が決断するのよぉ!!」
といきまき
「患者が見つかってから、お願いしにいけばいいのよぉ!!」と言って聞かない
仕方なく
ICUの担当教授と看護部だけにご挨拶にいき
(それも大事なリエゾン看護学の授業に遅刻し)
その次の週から3日間
ようようとれた、休みを活かすため
朝の9時から夜の9時まで病院に張り付くため
院生室の固い机の上で寝る準備をして出かけた・・・
9時に病棟へ行こうと思うと
準備のために
8時までには余裕で学校に着かなくてはならない
7時30には大学前の駅に着かなくてはならないと言うことは
自宅を5時40には出ないと間に合わない
行きました。患者少なかった。対象の患者は4名いた。
案の定、担当科の教授は、出張、学会で不在。
代行探し(助教授)て漸く、主治医にたどり着くこと 昼の3時
連絡が付かない教授もいる・・・・ 4時を過ぎると秘書がいなくなるので
全く連絡が取れなくなる可能性大・・・・
「あらあなた、つながらないわね・・・・」
「先生つながらなければ出来ないですよ。」
「だって、アメリカでは・・・・」
「先生、ココは日本です。教授に話が通って無くては出来ませんよ。どうしたらいいんですか?
だから事前に連絡しましょうっていったんですよ。」
「あなた、私を攻めるの?だって仕方が無いじゃないの」
(なにがしかたねーーんじゃ!!おまえが電話一本、メール一本で済むことをいやがるからだろうが)
「だってアメリカではね・・・・。おきてしまったことは仕方がないんだから、あなた私を攻めてばかりで
私どうしたらいいのよぉ!!」
(おいおい 逆切れするなよ)
「先生、私は先生を攻めているのでなくて、この後どうしたらいいかを考えているんですよ。
先生、代行が必ずいるはずですから、代行に連絡を取ってください。
ふつう教授の代行は助教授ですよね。」
「あら、そうね。 私これから会議なのよぉ。時間がないわ」
わかりました。自分でやります。
こうして1日目の大半は終わった。
漸く主治医にたどり着いたが、主治医は学会で抜けるという、
「後は○○先生にお願いしておくから」
案の定伝わっておらず、4時過ぎに○○先生を捕まえて
主治医らと相談してもらう。
この際一人しかとれなくてもいいやと言う覚悟でいたが。。。
この日は机で寝て、ダニに食われた。朝方、学内の健康センターの
シャワーを無料拝借したら
湯が出なかった・・・・
夏で良かった
朝になって主治医代行に遭遇
やんわりとお断りを頂いた。。。。。
もう何もすることがない・・・
「おはよう。私ね手帳を無くしてしまって、今探しているのよあちこち。」
「××先生には連絡が付いたんでしょうか?」
「あら、昨日電話してつながらなかったでしょ。 」
(私の事よりスケジュール手帳が大事らしい。
ぷちんぷちん がまんがまん
「もう一度電話していただけますか?」
「先生、この調子ではデーターはとれそうにありません。」
「もしとれなかったら、自宅に帰ります。」
その後病院内を歩き回る
対象患者ゼロ・・・・
予定していたオペの患者2名 早く戻ってきた
「胸部外科はあなた、無理よ時間的にも。よっぽどごたつかないとね。」
(それは、おまえが連絡とらんかったからそうなんたんだろうが。そんなことわからんやんけ)
「病院内探しましたが、対象の患者はいません。時間的にこれから患者が入ったとしても、
主治医・患者の家族に同意を得る時間がありません。いても意味がないので帰ります。」
「・・・・・ムッとして、あなた8月いっぱいでとればいいでしょ?」
「先生それは無理です。8月は目一杯バイトが入っています。」
「それはあなたの都合でしょ?」
「ちょっと待ってください。倫理委委員会がおくれたので本来は6月にやっているんですよ。それに当初、アメリカに行くために予定を8月に集約させたんですよ。それは・・・・」
言葉に詰まる
「だってあなた、それは済んでしまったことを行っても仕方ないじゃない。」
「9月から仕切り治して1週間入ります。とりあえず病棟の看護師に研究のプレゼンをしていないので
それをして帰ります。」
と言って別れた
ローカの角で
研究資料を床に投げつけた
めちゃくちゃむかついた
どれほど手伝ってどれほど我慢してきたか・・・
学科長にちくってやるぅぅぅぅ
おまえなんかに頼まない
医科系教授に指導してもらうぅぅぅ
ちくりにいった。
「指導てきるかしんぱいだったのよね。私も、でもここで私が出ると
余計に意固地になるから・・・ ○○先生にネゴシエーションは頼みなさい。
私が行った方がいいなら良いに行くけどどぉ?」
聞いてもらえただけありがたいが
昨年の夏頃より
「大丈夫?」と言われ続けること
他の教授・助手・助教授などなど
でも我慢の限界が来た
4月からはむかつくことが多かったので
学校に来ても出来る限り会わないようにしていた。
メールで済む内容を たかが15分で済む内容を
5時間の交通時間をかけて、どうでも良い愚痴を
1時間聞かされる。
でももう我慢しない。
早く修論を仕上げなければ
卒業したら 二度と一緒に仕事はしない・・・
どこにでもむかつくやつはいる 最近の所感 でも我慢・・・
投稿者 HARURU : 23:27 | コメント (0) | トラックバック
2005年07月09日
漸くパス! 倫理審査
漸くパスしたため、本格的に調査が開始となる。
ぼちぼち忙しくなる・・・
ファイルメーカープロをゲットしたが
これまた大変で
テンプレート作成に困っているが
頑張って作る 作る 作る
できないやんけーーーーー!!!
必死に格闘中なのだ
投稿者 HARURU : 17:45 | コメント (0) | トラックバック
2005年07月04日
倫理審査その後・・・
なんて事やねん・・・
看護修士誰一人 倫理審査OK出ていません。。。。
かーーーーーーーー
アカハラです。
委員長と看護学科何かあったのは明確
でも院生全員研究審査が通らないと
研究できません
ていうかこの時期動けないとどうなるかというと
修論完成しません・・・
どうなってるのぉ?です。
これで博士課程を作りたいって言うんだからどうなモンでしょう
無理ですね・・・
東海地方唯一CNSコースがあるのにですね・・・
情けないことです・・・
投稿者 HARURU : 00:00 | コメント (0) | トラックバック
2005年06月13日
倫理審査
倫理審査というなの 研究計画書審査
非常につらいです。
これは昨年があまりにひどい修士論文だったためと考えられるが
今年は最悪だ
倫理委員会から再提出がきた
睡眠1時間なおしました。
倫理委員会審査がきました。
研究計画のプロトコールを指摘された
永遠と続く審査の毎日
おかげで急に呼び出されるわ
仕事は調整するわ
めっちゃたいへん、死にそうでした・・・
そしてこの状態はづっと続きそうなのが最悪です・・・
投稿者 HARURU : 01:57 | コメント (0) | トラックバック
2005年05月24日
アメリカ的研究生活
田舎の大学 研究費も自分でかせぐぞぉぉぉ!!
研究計画書の書き方は まだまだ、いけてないが
何回か書いているうちに
少しはわかりやすくなってきた
あまりに最初の書式にこだわるあまりに
なんか言いたいことが半減していた。
とどのつまりは・・・迄くるのに苦労した
研究は着々と進んでいて
プレテストで 温度維持が出来なくてつまっていた・・・
物理療法と 物理学
熱力学など読み出して 無謀な世界に足をつっこみはじめた・・・
サーモグラフィー なぜだか看護学科に眠っている
定価1千万円
科研費で買ってほとんど使って無いという・・
借りるの成功!!
そして
持続的に鼓膜と皮膚温はかる温度計
これは呼吸管理で名が売れていたせいもあって
業者がタダで貸してくれた
サンプルも出来るだけと言うことで
つけてくれた。
ありがたやーー♪
熱源となる物を作ってもらうことにした
これも基礎学科の教授のおかげで
業者とのコネクションが出来て
試作品をタダ貸しでいけることに
そのため、業者にプレゼンしたり
宴会(これは基礎系の教授の趣味だけど)につきあったりして
何かと忙しい
データー収集用のソフトももらった 友人に
後はパソコンだけ
看護協会の奨学金が入ったのでそれで買おうかと思ったが
どうせなら一発助成金ねらおう
と
研究助成金巡りをする
去年探したときは時期もずれていたせいか
全てと言っていいほど癌だった
が今はあるある
サクサク探して 書かなきゃいけない
けれど研究計画書の内容が出来ているが
まとめたり、素人にわかりやすくしなくてはいけないので
(読む人が全て同じ領域とは言えないし、私の領域はほとんどの人が素人)
なので
治しながら入力しいたら きりがなくて 挫折
「最後まで入力しないと保存できません」
やられた・・・
もう一度頑張る後日に・・・
アメリカでは、研究費をもている教授の着くところにも審査がいり
自分で奨学金や助成金を稼ぐのは当たり前
なまじっか見た目日本人の中身アメリカ人の内の教授
「種々のデータ収集機器の準備ができているようで
congratulations!」と
あった。
う--ん。最近では自分の行動力にびっくりするほどなのだが
ある意味研究者になるんであれば
これぐらいのこと今の内に経験しておくべきかもしれない・・・
看護系では企業協賛を得るのはむつかしいしなーー
とにかく医学部のように パイロットワークorプレテスト三昧になり
しんどくなってきた・・・ 泣
投稿者 HARURU : 01:07 | コメント (0) | トラックバック
2005年05月10日
同じ学費支払っても
うちは田舎の国立大学
友人の旧帝大系の大学は
うちの大学と待遇が大違い
事務処理も研究費も
修士論文で行う研究で使う
機会なども自分でレンタルしなくてはいけない
細かい材料費は全部自分持ち
もちろん資料のコピーも
なのに友人はコピータダらしい
それだけでも大違い
やっぱり修士しかない大学って
アクセサリー大学かもって思うのは私だけ
貧乏は続くよどこまでも・・・・
投稿者 HARURU : 21:35 | コメント (0) | トラックバック
文献との格闘
文献を集めておきなさいね
と言われて一年 永遠に集め続けて、早くも80近くにはなっている
で研究計画書は、はじめにがかけてないのに
概念枠組みも プロシージャーも
順に出来ている。
プレテストも第2段階まできているのに
かけてないのは
文献が整理できていないから・・・
文献カード出来てないので
どこから引用したかさっぱりわからない
昔は30個ぐらいでレポート程度の物は書き上げていたが
今は桁違い
リフィルファイルに入れていたが
出して入れて また同じところにいられないから
結局全部出したら
厚さは5センチは優に超えている
もちろん英語はA3コピーしているが
日本語はかさばらないようA4に縮小コピーしてある
SW Ref2000という文献管理ソフトが
ベクターで落ちているので拾ってきて
それに入力すること 1日がかかり
さらにそれに クリティークした内容を書き込もうなら
全く持って時間が限りなくないのだ
手でかかないまでもマシとは言うが
最悪だ
おまけに電子ジャーナルで落としてある
文献や
年間購読している文献
読んでないのにたまっている物もあり
ドンドンたまる一方で
ついにやり出した。。。。
おかげでいつまでたっても文献整理が終わらず
はじめにがきれいにかけない・・・
きっと怒られるだろうな 教授にと思いながらも
今日も百円ショップでファイルを買ってきた
文献管理ソフトの良いところは
文献リスト自動作成、ソート(並び替え)自由自在、
引用リスト登録、カード取り出し自由自在
執筆やレポートの時に文献を共有するとしまう場所を考えたが
こいつのおかげで
呼吸資料a とすると そこに呼吸ファイルからすぐに取り出せることになる
そこへしまえば忘れない。
文献リストだけ印刷して、締まった場所を明記しておけば良いわけだ
これでラクチン
でも入力作業が終わりきらない・・・
文献検索は果てしなく面倒、
でもこれで後半、考察書きに慌てなくてすむことは
間違いなし・・・
ちかれた・・・・
投稿者 HARURU : 21:20 | コメント (0) | トラックバック
2005年05月03日
研究者の心得-嘘爆-
子どもの頃ってみんな研究者だと思う
カマキリの観察
はじめにカマキリの生態はあまり知られているようで知られていない。
同じ肉食である蜘蛛もまた同じである。
カマキリに対して蜘蛛は機敏さに劣る。
そのためにカマキリに負けるのだろうか?
果たしてどちらが強いのか疑問に思った。
また、弱肉強食とはいえ、カマキリはいったいどのくらいの
食事量で満足するのかと疑問に思った
よって本研究は、カマキリ蜘蛛による補食方法を中心とした
生態を明らかにする事を目的とする。
研究スタイル前向き実験研究
仮説1蜘蛛はカマキリを補食することが出来る
空腹のカマキリは蜘蛛を食べ続けることが出来る
セッティング1.フィールドを蜘蛛の巣の中にカマキリを置く
2.蜘蛛を地表にしカマキリの前に置く
3.カマキリの後ろに置く
条件1
空腹のカマキリとする(捕獲後から1時間以内補食していない)
条件2
カマキリとの距離は少しずつ蜘蛛を近づける
実験材料
オオカマキリ1匹 と 同じぐらいの大きさのジョロウグモ4匹
割り箸(長めの者)
ものさし
昆虫図鑑
結果
1.カマキリは重くて 蜘蛛の巣がちぎれた
2.カマキリは見てないふりをして じっと観察し じりじり近づく(ハシで寄せていく)蜘蛛が
鎌のはんちゅうに入ったとたんに殺して食べた
3.カマキリの後ろに蜘蛛を置くと しきりと触角が回転し、視野にはいるように
じりじりと向きを変えた
4.補食は2.と同じだった
5.3個まで食べたが4個目は見ているが、鎌の範疇に入っても補食することはなかった
考察ジョロウグモではカマキリよりも小さいため、カマキリの重みに耐えうる蜘蛛の巣を張ることは出来ない
従って、蜘蛛は昆虫とは違う生態系で食物連鎖では第二に当たるため
頂点でない。
カマキリは昆虫であるが蜘蛛と同様に食物連鎖では第二にあたる。
蜘蛛の方が機敏性が無く
カマキリの反応は発作反応であるためと思われていたが
実際には食欲と関連し、満腹中枢があるらしい
従って興味が無くなると鎌は振り下ろされない。
種の保存の法則が生きているためと考えられる
まとめカマキリは腹がふくれると食べ物となる蜘蛛には興味を示さなくなる
このカマキリの場合の満腹度はジョロウグモ3匹であった
研究の限界
観察者が10歳未満であること
対象とするオオカマキリが1匹であったこと
コントロールとして絶食期間が短いため腹部の容量が
蜘蛛4個以上、または、蜘蛛3個以外に
別の昆虫に関心を寄せないとは言えない可能性もある。
今後は対象数をさらに増やして無作為試験が出来ると良い。
小学校2年生の頃ファーブル昆虫記が好きで
庭で昆虫やらを捕獲して遊んでいた頃の記憶に基づき再現(笑)
きちんとした指導者がいれば それなりに夏の課題研究には
良かったのではないか(笑)
え?このときの課題研究?
親が一生懸命作った
昆虫標本です。
トンボとチョウチョが中心だけど
オニヤンマ・子オニヤンマ・アゲハチョウ・クワガタ・まだらカミキリムシ
カブトムシなど
今ではあんまり見かけない大型の昆虫がいっぱいいたなーー
え? このほかに何やったかって?
ありの巣は何時間で出来るか?
蟻は水害から身を守れるか ← ホースで巣を水攻めにする。
青虫はおぼれるか
青虫はおぼれると 茶色になる 1分ぐらいで死亡する
よりおぼれやすいように 洗面器の中の水をぐるぐる棒で回して
水流を作った(吸盤で壁面に食いつくのを防ぐため)
(人間は赤血球は鉄だが 昆虫は 銅であるため この色となる)
なーーんて
はっきり言って動物虐待 子どもって残虐だ・・・ ?
え私が残虐?
投稿者 HARURU : 21:47 | コメント (0) | トラックバック
2005年04月28日
迷子?
新入生の歓迎会があった。
研究計画書の手直しをしていないのと、何となくいつものまとまりのない
長ーーい話を聞くのが(>_<)で
My Professorの部屋にはよらず直接会場に行った。
待てども暮らせども こない
こない こない こない・・・
ちょっと心配になってきた・・・ こない
電話かけてみた
「覚えているわよ。でも場所とかって聞いたけど 文章とかできてないし
あなた達に確認しようと電話しても、留守番電話になっているし・・」
あーー やっぱり・・・
ということで 場所を説明し、万が一わからないときは電話するように
指示した。。
10分後心配なので 100mぐらいのところで待った。15分
こない こない こない こない こない・・・
その先300メートルまで歩きながら待つこと5分
こない こない こない
あきらめて帰ったか?
迷子か?
すねちゃったよね きっと 多分 がみんなの意見
助手の先生が 往復40分もあるところを
お迎えに行く・・・
15分後到着
「電話していたのよ」
って 開始から1時間以上遅れてるにもかかわらず
ノーー天気
「だって わからなかったらHARURUさんに電話することになってたし、
そうそう ○○先生必死で歩いてたわよ。声かけなかったけど」
気がつかない先生も先生だが
あんたを迎えに行ったんだよぉ!!
悪びれている様子もなく あっけらかーーんとしてた
合流し 少し謝っていた・・・
あんたねーーー。心配して電話しているんだから
遅くなるなら今出るわぐらいでんわしよーよ。
怒る気にもならない
だって 彼女のお気楽度は毎度のことだし
きっと他の人は ぶち切れていたと思う・・・
不思議なことは、
「行く前に誘わなかった私が悪いのか?」
と言う気分になることだ・・・ (>_<)
投稿者 HARURU : 18:14 | コメント (0) | トラックバック
2005年04月26日
研究の進み具合
今年から、個人情報保護法を受けて研究倫理委員会のシステムが変わった。
そしてその決定が4月の20日 5月の審査に間に合うためには22日締め切り
間に合うわけがない・・・
というか もうむかついてきた。審査委員会のために
ゴールデンウィーク開けと聞いていたため
それで調整していたのにもかかわらず
5月27日が次回締め切り
倫理委員会が通らないと
プレテストさえ出来ない状況なのだ
もうむかつき状態どころではない
おまけに大学付属へ出す 書類もあるらしいが
大学から届いているにもかかわらず
こちらにはいっこうに届いていない
どうなってるのか?
うちの大学他の大学よりも
このような事務手続きが 非常に遅いために
このように永遠と待たされる羽目になっている
どこへクレームをつけたら良いんだろうか?
同じ入学金を払い、同じ学費を払っているのに
何故にこんな目に遭わなくてはならないのか?
もう踏んだり蹴ったりである。
あーーーむかつく この上きわまりない
投稿者 HARURU : 18:08 | コメント (0) | トラックバック
2005年04月21日
うぅぅ
教授との打ち合わせと
実験をするために
実験道具
「ネル・温度計・はかり・紙おむつ・ジップロック・タイマー」が入ったビニール袋を
もって大学で実験するつもりだった
が3時に起きて
実験用データー取りのシートを作成したまでは良かったが
眠さに負けて
電車に乗っている間
その実験道具を電車に置き忘れてしまった
あーーーーーー
と気がついたときには近鉄電車の中
そして
電話かけまくったが
見つからず
盗まれるような代物ではないし
と思っていると
やっぱり
夕方岐阜駅で調べてもらったら
それらしきものあり
きっと
この人は何物だろう?と思っていたに違いない・・
あって良かった よかった
文献を読んでいると
熱力学についての知識が必要
熱伝導率 Σ なんやら
おぉぉ 久しぶりにみる微分式
そういえばちょうど10年前
医学部にでも入ってみるかと無謀な挑戦を考えて
河合塾に入り挫折した時やったげな
もう一度復習するか
なぜだか
あのころすっかりこっかりわからなかった
物が なんとなーーく
理解できるのは 文章読解能力が高まったからだろうか?
と思うときがある
ゴールデンウィークは微積分の勉強でもしようかのぉ
今は計算はコンピュータがしてくれるしねぇ
ふぅぅぅん♪
限りなく 博士課程への進学野望が募るのであった
え?臨床は?
自分の研究領域が
科研をとれる対象レベルであることに気がつき
修士のレベルでは 基礎研究しかできないし
予算が全くないことを考えて
お金がもらえることを考えると
上に行きたくなる
「学者肌なのよ」
親友はそういってくれる
でもやっぱり研究者・指導者の方が
向いているか?
と思うこともあり
金があればねーー と思う今日この頃であった
投稿者 HARURU : 19:40 | コメント (0) | トラックバック
2005年04月14日
学校開始となる
学校開始となり
授業もぼちぼち始まった
後期の成績が出た
ほとんどが良だった。
一個だけ 優がついていた
がっかりしたけど
確かに中途半端にしかレポートかけてないし
仕方がないなと思っている
花見もつかの間
修論突入していくのだ
激動の一年が始まるのだなぁ
投稿者 HARURU : 21:13 | コメント (0) | トラックバック
2005年04月11日
大学院進学って?
実は精神看護学の教授は今年金沢に移動された。
現在 教授無し
修士の同級生は 教授について行った。
実は母性看護学の教授は昨年度4月より着任である。
入学したとき、教授が替わることを初めて知った修士同級生。
そして 将来どうしようかなーー
お金ないし博士行きたくてもねーー と言う感じだが
つい気になって 調べてみたら
自分の担当領域の教授
いろいろ移動してまんがな
それって良いのか?
医学部よりも多い看護学部
教員が圧倒的に足りない
おまけに自分の領域で臨床やってた教授なんて
ほとんどいない に近いぐらい
なんだかなーー と思ってしまうのだけど・・・
世の中こんなんでいいのか?
早いタームでころころと変わって良い物だろうか?とおもって
しまうのだけど
競争社会の厳しい国のところではこんなモンなんだろうか?
他の学部に比べて オーバードクターの就職先が少ないことは
無いんだろうが・・・
投稿者 HARURU : 09:57 | コメント (0) | トラックバック
2005年03月17日
激動
修士論文発表会 1年生は 聞きに行くつもりだった。
1週間前に急遽呼び出された。
看護研究担当の教授から
当日の座長・ライトなどの係りを決めて欲しいと
という
抄録は、2日前締め切りという
発表者と座長の打ち合わせも出来ないと言う
仕方ないので当日に9時にした。
したら2年生は集まれないと言う
11時にした。
1日前になって パワーポイントが送られてきた??
なんでやねん。
バージョンは?
そんなの出来る分けないやん
怒り心頭
集まれないと言ったのはそっちでないか
間に挟まれた人間数名
もちろん私もその一人
発表会当日口論となる。
「私は9時からきてご飯も食べてないのよ」という がんのCNS
反論するのも馬鹿馬鹿しくなって やめたが
私は当直で
5時からひるまで食ってないちゅうに
大体もっと早くに作ってこればいいじゃんってかんじ
発表会は元々1ヶ月前に知らされていた。
準備は聞いてないだけで
自分たちは昨年準備していたのなら
なおさら出来るはずなのに が こちらの言い分
むこうは
昨年準備したんだから
「そつなく発表会を聞かせていただける準備をするのが当たり前」らしい
馬鹿馬鹿しくてむかついた。
おまけに聞いていても ? の発表。
ひどいのは考察と結論無し・・・
あなた方外で発表したこと無い?もしかして・・
発表の仕方だけならともかく内容は12人にて
1人しかまともな物はなかった。
学部はふせるが
文献レビューで終わっているケースも
なんじゃそれ!!
そして
言われたのが
「聞く態度が悪い」
子どもじゃないんだから
静かに聞いて座ってるだけ増しだろが・・・
怒りにかまけて
机をたたこうとしたらめがねが見えなくて
めがねをぶったたいてしまった。
ちなみに私は右0.03左0.05のど近眼
レンズは薄くするために 上から2番目のランクにて
1枚2万はする・・・ 泣
久しぶりにむかついたが
あまりのレベルの低さにびっくり
「この時期になって概念枠組みも出来ていない生徒がいるらしい」
と教授がささやく12月中旬
おそろしや・・・
「誰でも入学させればいいってモンじゃないのよ」
私はそうはなりたくない・・・