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2005年07月24日
CNS 専門看護師制度
私の大学 がん看護の専門看護師コースを持っている。
専門看護師は現在100名を超えたところ・・・
私の領域 3名しかいない
うちの大学、CNSの基礎科目も認可されているので
私も 足りない単位を CNSを持っている学校に行けばなれる・・
残り多分2単位である。
就職試験に行って来た
一応看護学校に行きたい旨いってみた
他にも施設があるし、夜勤もやってもらわなくてはならないかもしれない
と人事の人はおきまりのことをいった。
おいおい、修士卒採用って 初めてでしょ?あんた・・・
看護系試験官
「CNSはとれるの?」
「一応あと2単位取ればですが・・」
「臨床には戻らないの? 」
「いえ、そういうわけでは、」
「もったいないわね。臨床だとしたらどこが良いの?」
やっぱりCNSは数少ないし売りだろうけど
あんたの病院誰もいないじゃん
その制度作れるのぉ?と聞いてしまいたくなったが
言葉を飲んだ
んーーー面接で落ちたかも
筆記はほぼパーフェクトかも
でも職歴転々がいたいよね。
だからこそ 高学歴になって許されるところもあるけどね
「職場を転々としていることをどう思われますか?」
「結婚して、子供を作ろうと思っていたので
パートをしていました。その後子どもが出来なかったので常勤についてのですが。
落ち着きがないと思われるかもしれませんが、
私としては、様々なところで働くことを経験として活かしてきたつもりですし
新しい環境に適応できるだけの努力はしてきたつもりですし、どこが(>_<)だと言う病院でなく
それぞれの良い点を学べ良い経験になったと思います。。。
と答えたのだけど蛇足かナーー
やっぱり単位交換考えたほうがよいかなーーー
投稿者 HARURU : 23:58 | コメント (0) | トラックバック
最悪な パイロットスタディィ
ひどい目にありました。
「アメリカではね、最終的に主治医が決断するのよぉ!!」
といきまき
「患者が見つかってから、お願いしにいけばいいのよぉ!!」と言って聞かない
仕方なく
ICUの担当教授と看護部だけにご挨拶にいき
(それも大事なリエゾン看護学の授業に遅刻し)
その次の週から3日間
ようようとれた、休みを活かすため
朝の9時から夜の9時まで病院に張り付くため
院生室の固い机の上で寝る準備をして出かけた・・・
9時に病棟へ行こうと思うと
準備のために
8時までには余裕で学校に着かなくてはならない
7時30には大学前の駅に着かなくてはならないと言うことは
自宅を5時40には出ないと間に合わない
行きました。患者少なかった。対象の患者は4名いた。
案の定、担当科の教授は、出張、学会で不在。
代行探し(助教授)て漸く、主治医にたどり着くこと 昼の3時
連絡が付かない教授もいる・・・・ 4時を過ぎると秘書がいなくなるので
全く連絡が取れなくなる可能性大・・・・
「あらあなた、つながらないわね・・・・」
「先生つながらなければ出来ないですよ。」
「だって、アメリカでは・・・・」
「先生、ココは日本です。教授に話が通って無くては出来ませんよ。どうしたらいいんですか?
だから事前に連絡しましょうっていったんですよ。」
「あなた、私を攻めるの?だって仕方が無いじゃないの」
(なにがしかたねーーんじゃ!!おまえが電話一本、メール一本で済むことをいやがるからだろうが)
「だってアメリカではね・・・・。おきてしまったことは仕方がないんだから、あなた私を攻めてばかりで
私どうしたらいいのよぉ!!」
(おいおい 逆切れするなよ)
「先生、私は先生を攻めているのでなくて、この後どうしたらいいかを考えているんですよ。
先生、代行が必ずいるはずですから、代行に連絡を取ってください。
ふつう教授の代行は助教授ですよね。」
「あら、そうね。 私これから会議なのよぉ。時間がないわ」
わかりました。自分でやります。
こうして1日目の大半は終わった。
漸く主治医にたどり着いたが、主治医は学会で抜けるという、
「後は○○先生にお願いしておくから」
案の定伝わっておらず、4時過ぎに○○先生を捕まえて
主治医らと相談してもらう。
この際一人しかとれなくてもいいやと言う覚悟でいたが。。。
この日は机で寝て、ダニに食われた。朝方、学内の健康センターの
シャワーを無料拝借したら
湯が出なかった・・・・
夏で良かった
朝になって主治医代行に遭遇
やんわりとお断りを頂いた。。。。。
もう何もすることがない・・・
「おはよう。私ね手帳を無くしてしまって、今探しているのよあちこち。」
「××先生には連絡が付いたんでしょうか?」
「あら、昨日電話してつながらなかったでしょ。 」
(私の事よりスケジュール手帳が大事らしい。
ぷちんぷちん がまんがまん
「もう一度電話していただけますか?」
「先生、この調子ではデーターはとれそうにありません。」
「もしとれなかったら、自宅に帰ります。」
その後病院内を歩き回る
対象患者ゼロ・・・・
予定していたオペの患者2名 早く戻ってきた
「胸部外科はあなた、無理よ時間的にも。よっぽどごたつかないとね。」
(それは、おまえが連絡とらんかったからそうなんたんだろうが。そんなことわからんやんけ)
「病院内探しましたが、対象の患者はいません。時間的にこれから患者が入ったとしても、
主治医・患者の家族に同意を得る時間がありません。いても意味がないので帰ります。」
「・・・・・ムッとして、あなた8月いっぱいでとればいいでしょ?」
「先生それは無理です。8月は目一杯バイトが入っています。」
「それはあなたの都合でしょ?」
「ちょっと待ってください。倫理委委員会がおくれたので本来は6月にやっているんですよ。それに当初、アメリカに行くために予定を8月に集約させたんですよ。それは・・・・」
言葉に詰まる
「だってあなた、それは済んでしまったことを行っても仕方ないじゃない。」
「9月から仕切り治して1週間入ります。とりあえず病棟の看護師に研究のプレゼンをしていないので
それをして帰ります。」
と言って別れた
ローカの角で
研究資料を床に投げつけた
めちゃくちゃむかついた
どれほど手伝ってどれほど我慢してきたか・・・
学科長にちくってやるぅぅぅぅ
おまえなんかに頼まない
医科系教授に指導してもらうぅぅぅ
ちくりにいった。
「指導てきるかしんぱいだったのよね。私も、でもここで私が出ると
余計に意固地になるから・・・ ○○先生にネゴシエーションは頼みなさい。
私が行った方がいいなら良いに行くけどどぉ?」
聞いてもらえただけありがたいが
昨年の夏頃より
「大丈夫?」と言われ続けること
他の教授・助手・助教授などなど
でも我慢の限界が来た
4月からはむかつくことが多かったので
学校に来ても出来る限り会わないようにしていた。
メールで済む内容を たかが15分で済む内容を
5時間の交通時間をかけて、どうでも良い愚痴を
1時間聞かされる。
でももう我慢しない。
早く修論を仕上げなければ
卒業したら 二度と一緒に仕事はしない・・・
どこにでもむかつくやつはいる 最近の所感 でも我慢・・・
投稿者 HARURU : 23:27 | コメント (0) | トラックバック
2005年07月10日
かもねぎくん
相変わらず ブティックで買い物をするとかもネギ科する(笑)
スーツを買う予定でいった先で、10万円ぐらいのスーツを買うつもりで
6万ぐらいだったのをいいことに
靴とバックをかってしまった・・・
スーツはリクルートスーツはこの年では必要ないので
普段使いも出来るスーツで
面接でおかしくないようなものをということにした。
春・夏スーツとバーゲン対象品であったので
2万ぐらい安くなってた・・・
本来私のサイズは5号~7号なので
あまり無い
ズボンだと0号~1号サイズなのだ
ところが 小さすぎて余っているらしい(笑)
ジーパンとかは手頃な値段でもあり
すぐに売れてしまうので
買っておきなさいよ と言われ買った(笑)
でも2本色違いで買ったのよって
売り子さんがいうのは
まんざらでもなく
一本しか変えなかったときほど
2本かっとけばよかったと
思うことが多々あるのだ・・・
靴はイタリアのもので
いつも変わらないデザインと
足の居心地良さ
シークレットブーツ並みの
背を供給してくれるので
重宝している
で夏バージョンが出ていたので
買ったというわけだ・・・
夏のバイトで出費を戻さなくては・・・
きっと大丈夫だろうけどねーー
投稿者 HARURU : 17:32 | コメント (0) | トラックバック
2005年07月09日
漸くパス! 倫理審査
漸くパスしたため、本格的に調査が開始となる。
ぼちぼち忙しくなる・・・
ファイルメーカープロをゲットしたが
これまた大変で
テンプレート作成に困っているが
頑張って作る 作る 作る
できないやんけーーーーー!!!
必死に格闘中なのだ
投稿者 HARURU : 17:45 | コメント (0) | トラックバック
2005年07月04日
倫理審査その後・・・
なんて事やねん・・・
看護修士誰一人 倫理審査OK出ていません。。。。
かーーーーーーーー
アカハラです。
委員長と看護学科何かあったのは明確
でも院生全員研究審査が通らないと
研究できません
ていうかこの時期動けないとどうなるかというと
修論完成しません・・・
どうなってるのぉ?です。
これで博士課程を作りたいって言うんだからどうなモンでしょう
無理ですね・・・
東海地方唯一CNSコースがあるのにですね・・・
情けないことです・・・
投稿者 HARURU : 00:00 | コメント (0) | トラックバック
2005年07月01日
別居生活 その2
神戸のバーちゃんから電話があった。
ばば「あんた戻ってきたの。良かったわーー。
「車は?(ベンツE50 AMG)やってまったの?」
HARURU
「いやいや、あれは元々彼の車を元に買ったモンやから・・・」
ばば
「でもかってやったんやろ?」
HARURU
(だからちがうっちゅーーに)
「まーー慰謝料代わりにね」
(ちがうっていってもかってやったと思いこんでるから
話を変えなくちゃ)
ばば
「あんたが慰謝料はらうんかね?おかしな話やね」
HARURU
(いやーーそれは違うぞ。彼はやり直す努力しているから
言ってもわかんないからナーー。ばばには)
「まーー言い出したの私やしね。しかたないさ。」
ばば
「あんたくるまないと、私そっち行ってもあんた送ってもらえんで
役にたたんね。」
(そーきたか。車を確認していたのはそれだけのことかい)
HARURU
「悪いねーー。お金ないでねーー。」
ばば
「あんた、就職先はあるんかね?」
HARURU
「あるよぉ。いろいろあるからまよっとるよ。教員やと月給やすいで
どうしようも無かったら大学のこるけど、
とおいで出来る限りやめたいんやけどねー」
ばば
「ほんならええーーわ。はよくるまかってね。お金貯めて」
(最後はそれかい。ならかってくれよぉ)
HARURU
「うん。頑張るわーー。心配かけてごめんねーー。」
ばば
「ええーーよーー。はよわかれないかんで、むこうはまだあっちにおるんかね」
HARURU
「うん。まだはんこ押してもらってないしねーー。」
ばば
「ほんとにーー。困った男やねーー。良い弁護士つけなあかんでーー。」
HARURU
「ありがとーー。まーー ぼちぼちやるデーー ごめんねーー。」
ばば
「ほんなら、あんた、またねーー。」
いったいばーちゃんは何がいいたいんや
どうも家の親戚ご一同は、私がさんざん貢いだ
と言うイメージがあるらしい・・・
どっちもどっちなんだけど
誤解されている・・・
訂正しても思いこんでいるから仕方ない・・・
と言うことで誤解されたままなのだ
秋になったらまとまったお金ができるので
頑張って中古の車かわなくては
修論は乗り切れないな
がんばるかーー
HARURU